本文: マタイ5:13 塩の使命とは何か?                

加古川国際キリスト教会(趙聖模牧師                 2011年 1月 9日

讚美: 172、208、210

前書き:

 塩は非常に重要な役割をします。塩は人体のフィジオロジー的な面から見ても血液の必須な要素のため人間の身となり生命となります。

塩は日常生活においても必要なものです。贅沢な貴重品はなくても暮らすことができますが塩がなければ暮らしにくい環境になってしまうでしょう。そため塩は我々に非常に有益で価値のある生活必需品であるものです。

イエス・キリスト様が愛する弟子たちにあなた方は世の中の塩だとおっしゃったことは、堕落して罪を犯す世の中で腐敗を防止し福音によって変化させなさいと言う言葉でもあります。

今日の現代社会は倫理道徳が崩壊して行く時代でもあります。希望なく生きて行く若者達には、ただ福音だけが彼らを変化させることができるのです。それでは塩の使命が何なのかについて考え、めぐみを分かち合いたと思います。

1. 塩の塩けをクリスチャンが見せるべきです。13節

*もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。*と神様はおっしゃいます。ヨブ記6章6節にも*味のない物は塩がなくても食べられようか。卵のしろみに味があろうか。*と聖書は証言します

塩は甘い味をつけるのではありません。酸っぱいとか苦い味をつけるのでももちろんありません。塩けをつけてこそ塩が塩になるのです。さまざまな食べ物に塩が入ります。塩が入る前には味を出すことができないのです。

肉のお吸物にも必ず塩が必須に使われます。食べ物に塩けをつけてこそ食べ物の価値を得るようになります。

古代近東地方でも羊たちに必須なは塩です。羊たちにも塩を食べさせると羊たちが生気を得て活動します。

塩はどの高い金や宝石よりも大事です。塩が生命にも必須な要素であることのように私たちのクリスチャンたちにも塩のように、信仰の味を見せてくれる生活が必要なのです

クリスチャンは塩のように世の中に侵透しなければなりません。暗くて罪でごっちゃになった世の中に福音を伝えて彼らが変わるようにしなければなりません。

あなた方は世の中の塩だという御言葉はクリスチャンは必ず塩の味を見せてくれなければならないのです。塩が塩の役さえすれば腐った世の中の不正と不義で一杯な世の中を阻んでくれて善良で美しい価値を保存するようになるでしょう。

良い塩は白くて小さくてパウダーに碎けますが非常に強烈です。塩が侵透してとけるだけで腐敗を防止することができます。かたい白菜や魚にも塩が染み込めば腐敗しません。塩がとけるだけで塩の效力が現われるのです。

同じく私たちクリスチャンたちも塩のようにとけなければなりません。塩のように腐って匂いがする所に侵透しなければなりません。これ以上腐敗しないように塩の役をしなければなりません。使徒パウロはエペソ4章24節で *真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を着るべきことでした。*と証言します。

私たちの主は弟子たちにあなた方は世の中の塩だと言っておられます。また広い意味では私たちイエスさまを信じるクルスチャンたちに向けて塩になりなさいと警告なさる御言葉でもあります。クリスチャンはイエスさまを私の救い主として信じて神様に似ていく人を意味します。

それでは神様の姿を模範としながら生きて行くのは何でしょうか? 具体的に表現すればそれは塩になりなさいというのです。そのゆえに私たちクリスチャンたちもクリスチャンになるために塩けをつけなければならないのです。もし塩がその味をなくすことになれば踏まれてどんな役にも立たない無用の物になってしまうのです。

ルカの福音14章34節から35節に見ますと*塩は良いものですが、もしその塩が塩けなくしたら、何によってそれに味をつけるのでしょうか。*と聖書は証言します。

塩はうすい味で塩けにすることが特徴ですが、塩けがその味をなくすことになればそんな塩はまったく無駄なのです。すなわち、塩がそれの效能と刺激性を失えば無駄なのです

キリスト教は一つの宗教ではないのです。生命です。教会に出席して礼拜を差し上げながらもまだ信仰の塩けをつけることができなかったなら、害をおよぼすおそれがあるのです。

そうですので塩の塩けを現わすまことなクリスチャンになりますよう願い祈ります。

2.塩のように隠密に福音を伝えなければなりません。

塩の影響力はパン種ように広がる使役として現われます。今日の現代社会は物質文明が極度に膨脹した時代です。

スポールジョン(Spurgeon)牧師が、牧会をした当時には主に貧困層にある人々が多かったと言います。また街中には酒に酔って迷う若者達が多かったです。しかし彼らがスポールジョン牧師の福音を聴いて変りはじめました。新しい被造物で生まれかわります。これが福音の力です。塩のように静かに福音を伝えれば信じる人々や不信者たちの人が塩の使命を果たすようになるのです。

クリスチャンは腐敗した世の中に銃と刀を持って改革するのではないです。一手くらいの小さな塩だとしても静かに福音を伝え広める使役で手におえることだけできたら世の中でも驚くべき変化が起きるようになるでしょう。

福音の教えはまるで塩のようなのです。福音の能力が現われれば心霊が生き返えり、まひした良心が悔い改めて怠惰な心霊が勤勉になります。

イエスさまの十二人の弟子たちは *イスカリオテ・ユダ*を除き、神様の福音を伝えている途中に殉教した人々です。彼らは神様の福音のため塩の使命を手においている途中、神様の証人になった人々です。

言わば塩のようにとけていく使命をつくして逝った人々です。私たちクリスチャンたちも塩のように福音を隠密に証して殉教精神を覚悟し、使命を手に終えなければなりません

Ⅱコリ2章14節にみますと*神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。*とパウロは証言します。福音のかおりとイエス・キリストのかおりは福音を伝え広めることから出るのです。

私たちの残ったがいくらになろうが我らの主イエス・キリストの十字架の福音を伝えて生きて行くことができるよう切に願い祈ります。

3.塩は和合する使命です

マルコによる福音9章50節に見ますと*互いに和合して暮らしなさい。*と聖書は証言します

和合を成すのが神様の志です。塩は物理的な変化だけではなくて霊的な変革を成すのです。和合する生を神様が望むからです。言葉でも和合するべきです。

コロサイ4章6節に見ますと*あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味のきいたものであるようにしなさい。そうすれば、ひとりひとりに対する答え方がわかります。*と聖書は証言します

和合を維持するために恵みのある言葉を言わなければならないというのです。めぐみという言葉は喜びですが、相手に喜びを与えたら人間関係でも成功するようになるでしょう

とけない塩は塩の效能を現わすことができません。同じく和合がない信仰はどんな有益もありません。塩のようにとける生が起きる時に温柔で柔らかい人で使われるようになります

結論: 私たちクリスチャンは世の中の塩です。塩は味そのままの味をつけるのが特徴です。 世の中に浸透して我らの主イエス・キリストの十字架の福音を証として自分と家庭と教会と社会と国家が神様の福音に変化される使役が現われるのを切に願い祈ります。

 

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