わたしにふさわしいときに、御手をもって   

           本文: 詩編31:15-24

설교자 : 조성모 목사

            

讚美:358、359

 神さまのめぐみと平安が共にありますように願い祈ります。

2011年 1月 2日は新しい時代が展開されます。しかしこの世は混乱します。それでは私たちはどのように新しい年を迎えるべきでしょうか?

本文を通じて教訓を受けて恵みを分かち合うことを願います。

 ダビデ王が苦難を受けた背景を見ますと王権は勿論であり命までも脅威にあった環境を1節と13節で見られます。しかしダビデは神さまに頼る信頼は変わりがありません。15節に見ますと「わたしにふさわしいときに、御手をもって」と証言しています。それではダビデが具体的に、どのように神さまの御前で生きていたのかを考えてみたいと思います。

1、神さまの主権を信じた信仰です。 15節

  「あなたこそわたしの神」と申します。

15節に見ますとダビデは命の危機に会う時は「あなたこそわたしの神」だと証言します。その意味は神さまは私の持ち主、あるいは主人という意味です。その神さまは全能なる方です。それゆえ不可能がない方です。

神さまだけが人生の命を主観なさいます。ダビデはこれを信じました。

私と皆さんの一生とすべての生死が神さまの御手によっていす。

ですので私たちも神さまの主権を信じて生きて行くべきです。

参照(ロマ書14:8)

2、主権者になる主に祈る信仰です。18

「主よ、あなたを呼びます。わたしを恥に落すことなく」と祈ります。

ダビデはさまざまな圧迫とあざけりと謗りの中にも気を落さずお祈りをささげたのです。神さまの主権をかたく信じたからこそ切に祈ります。

それで神さまが触ってくださることを疑わなかったのです。

20節を見ますと

「御恵みはいかに豊かなことでしょう。あなたを畏れる人のためにそれを蓄え」と証言します

ここで蓄えだ恵みは二つを意味します。

一つ: 神さまは人間が予測することができない時に祝福なさることを意味します。

二つ:信者に下さる祝福は測量することができない豊富なことを言っておられます。

参照(フィリピ4:19)

3、望みの中に誠実な信仰です。

24節に見ますと「主の慈しみに生きる人はすべて、主を愛せよ。」と証言します。

何故ならば、主は信仰ある者を愛するからです。神さまは誠実さを望み信仰ある人を愛します。ここで信仰ある人は神さまの絶対主権を信じる人を意味します。

私たち人生の日々がすべて神さまの御手によります。

参照(サム2:6)

また傲慢な者に報いられるからです。神さまは傲慢な者の行いをご存じで計ってみます。(サム上2:3)

結論:

 私たちの時代が神さまの御手によっています。いかに難しくて思いがけない困難があっても心配しないで神さまの主権をかたく信じることを切に願います。私たちの命が終える日まで、望みの中に誠実に信仰を守りながら信じない人々に私たちの敬虔な生き方で神さまを証ししながら生きて行くことを神さまの御名によって祝福しお祈りささげます。

 

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